とあるmixiユーザーH氏への返事

そうですか、ではお答えしましょう。

自分がどんな認識目的を持っているのか、それに対してどんな視点を選択したのか、

本質的意味定義の問題を議論する時にはそれができないと、議論にはなりません。

それができれば

相手がどんな認識目的を持っているのか、それに対してどんな視点を選択したのか、

理解できるでしょう。

そうしたら、かみ合います。

本質的意味定義の問題を議論する時にはそれができないと、議論にはなりません。

名前を出して恐縮ですが、例えば今回のAさんに対してもそうです。

Aさんの認識目的と選択した視点があって、Hさんはそれを認識できないでいる。

だから、情緒的価値判断をチェーンのようにつないでどんどん乖離していく。

Hさんの理解者はおられるようだし、そういう世界での会話は成り立つと思います。

私は、ご遠慮申し上げたく。あしからず。

では。